2013年05月09日

ワカマツのコンサートに行きたくなったので村上龍著『五分後の世界』を爆速で再読

一昨日(2013年5月7日)深夜。
政府の「女性手帳」導入についての以下の記事;
「女性手帳」についてデミセクシャルが感じること」(ガジェット通信2013年5月6日付け記事)

http://getnews.jp/archives/334830

と、性別変更を行なった人に共通番号が割当られ、それが一時、internetで閲覧可能になっていた
という報道をWeb版の新聞記事で読んだ後にどうしても、ワカマツのコンサートに行きたくな
り、村上龍著『五分後の世界』を爆速で読む。
特に読みたかった箇所は以下。

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ドイツの帝国の崩壊を知ったリヒャルト・シュトラウスが遠くから砲声が聞こえるガーシュミッシュの山 荘でこの曲を書いている姿がボクには見える、ちょうどノルマンディの海岸でドビュシーが『海』のモチーフを掴んだみたいに、本当に映画の一シーンのように ありありと見えるんだ、自分の老いと第三帝国の終末が重なって、ベートーベンやワグナーの旋律を核として絶望と美の結晶の変奏曲を書いた、ボクはそれを小節単位でバラバラにして導入部を作ったんだけど、それは多分永遠に終わることがない美しい耳鳴りのようになるはずなんだ、
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(村上龍著「五分後の世界」文庫版pp229-230)

ワカマツが冒頭で、ドビュッシーの『版画』をpianoで弾く場面。
そして、上記引用の描写。
これらを読めば、わたしにとってワカマツという音楽家は、坂本龍一以外の誰でもない。



新聞の「五分後の世界」発刊に際しての村上龍のinterview記事を読んだのは、修士論文を提出直後の午後の図書館。

この修士論文を書いている間、参加していた「勉強会」で大先輩は言った。
「日本はCarthagoだ」
と。
この大先輩の発言での”Carthage”の意味は”Carthago delenda est”(”Carthago”滅ぶべし”)という文脈での”Carthago”のことだ。

1990年代からわたしの周りでは、このままでは国家としての日本は孤立し滅んでしまう、という国家が滅んだとしても、(滅亡前の国家に暮らしていた)わたしたちには生き延なければならない、という感覚を持っていた。
こういう感覚を持っている人たちは、小数派であることもわかっていた。
なので「五分後の世界」を初めて読んだときから、作品で描かれるparallel worldにはすぐに引き込まれた。

これまでに、何回読み返したか思い出せないほどこの小説を読んできたので好きな箇所は(実際に試したことがないけれど)多分、暗唱が可能。


わたしには、この「五分後の世界」を含む、村上龍作品が今後発表される作品まで含めて、生きている限り必要。
このことは、すべての理屈を越えて、ただ、ただ、必要しか言いようがないことなのだ。

今日(5月9日)と明日(10日)は、坂本龍一の16年ぶりのOrchestra versionのconcert となる”
Ryuichi Sakamoto |Playing the Orchestra 2013

http://www.promax.co.jp/info/2013/05_sakamoto/
へ行く予定。
無事2日とも行けますように。

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posted by yoshikoskz at 02:54| パリ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ryu murakami | 更新情報をチェックする
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