2018年08月09日

今年も再掲載:届かなかった少女の手紙:村上龍著・はまのゆか絵『ポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN』のこと

今年 (2018年)も再掲載。

『ポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN』
は、「坂本龍一OPERA LIFE'99」で:José Carrerasが朗読した村上龍による詩に、はまのゆかが絵を付け
その帯には坂本龍一がmessageを寄せた書籍。
この書籍のデジタル版での再販を切望。



今年(2017年)も再掲載。
元記事を書いたのが2003年8月9日なので、今日で14年が経過。
過去を振り返るのは苦手な性分だけれども、この本のことは別。
この本の元になっている「坂本龍一OPERA LIFE'99」。
坂本龍一という音楽家、村上龍という作家、はまのゆかというイラストレーターは、わたしにとって特別な存在だから。

2年ぶりに今年(2016年)も再掲載。
村上龍著・はまのゆか絵、そしてその帯に坂本龍一がcommentを寄せた『ポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN』。
この本は既に絶版になっているが、できれば、デジタル版で復刻再出版を望んでいる。

今年(2014年)も再掲載。

以下の記事は今から10年前、2003年8月9日に書いた記事。
10年経過しても、わたしの思いは変っていないので再掲載。
『ポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN』
は、「坂本龍一OPERA LIFE'99」で:José Carrerasが朗読した村上龍による詩に、はまのゆかが絵を付け
その帯には坂本龍一がmessageを寄せた書籍。

8月9日。。。。。
58年前長崎に原爆が投下された日。
わたしは、長崎に行ったことがない。

けれど、
(引用開始)

**********
人々は一様に全身に火傷を負い、
背中の皮が剥け、
顔の一部が溶けてしまっていた。
その中の一人の女の子が、
焦げた手紙の残骸をわたしに手渡した。
その女の子は、
戦場にいる父親に手紙を書いたのだった。
それを投函しようとしているときに、
彼女の町は巨大な炎に包まれたのだ。

焼け焦げた手紙。
「お父さん、元気ですか。わたしは元気です。」
**********
引用終わり。
村上龍著+はまのゆか絵 『ポストマン』より

上の引用部分をはじめて読んだ4年前、わたしは涙が止まらなかった。
悲しさ、切なさ、怒り。。。。。
これらの感情が入り交じって噴きだし、押さえることができなかった。

戦争が、悪いとか、いいとか、仕方ないことなんだとか、
そんなことは、人間が考え出した都合のいい理屈でしかない。
わたしが戦争を否定するのは、理屈ではなく生理的感覚的なものなんだと、噴きだして止めることができずに涙となった感情が、わたしに教えた。

ポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMANポストマン~MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN
村上 龍 はまの ゆか

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2012年03月15日

特集「3・11から1年。この国ではなぜ誰も罰せられないのか」:2012年3月10日発売、SIGHT 51号

2012年3月10日発売『SIGHT 51号』の特集「3・11から1年。この国ではなぜ誰も罰せられないのか」は、題名そのままの疑問に答えている特集で読み応え充分。

それにしても、この特集を読みながらも、頭の片隅から離れない言葉がある。
それは、映画専門チャンネルにて放送「岩井俊二×坂本龍一 」の中での
「(原発事故が起こっても、拡散される)放射性物質は無味無臭。原発推進は『いいものをみつけた』と思っただろうね」という坂本龍一の発言だ。

放射性物質が誰の目に見えて、例えば、これが降りそそいだものが瞬時に焼尽されたりしたならば、原発事故に対する「責任」問題も、違ったものになっていたはずだと感じるのはわたしだけではないはずだ。


SIGHT (サイト) 2012年 04月号 [雑誌]SIGHT (サイト) 2012年 04月号 [雑誌]

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ラベル:脱原発 action
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2009年02月23日

「『英語が使える日本人』は、育つのか?」

2009年02月21日のこの記事を書いたとき、電気猫さんが書き込んでくださったcomment中の

チベット人が子供をヒマラヤを越えて命がけで亡命させるのも、今のチベットでは文化的虐殺によって、もう言語や文化を子供に継承できないからです。


この文章を目にしたとき、コメント欄では、明治時代から提唱されてきた「外国語国語化論」と、現在の文部科学省によって進められている、公立小学校からの英語導入、あるいは、高校の授業を英語で行うという計画
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20081223-OYT8T00288.htm
が、進められていることについて触れた。

この電気猫さんへ返信のcommentを書いたときから、

やはり、Blogで紹介した方がいいかな。。。。

と、思った本がある。
今回は、この本について書こうと思う。



山田雄一郎・大津由起雄・斎藤兆史著「『英語が使える日本人』は、育つのか?」(岩波ブックレットNo.748)

この本を書店で見つけたとき、その帯に書かれた文章:

「『英語が使える日本人』養成のための、戦略構想」展開中。

この「戦略構想」という四字熟語が目に飛び込んできたとき、
かつて、この国が植民地的支配をした国の言葉を奪ったのと同じ発想に基づいて、今度は、自国の国民に向けて、

『英語が使える日本人』を育成せよ!これは、国策だ!

と、声高に叫ぶ人間を想起させ、はっ!とした。

そして、次に思ったことは、わたしが英語を教えたことのある学生本人は、例えば、

「英語なんかできたって、数学ができるからいい」と簡単に口にし、

こういった学生の親御さんは、

「数学ができるんだもの英語くらいできなきゃ」

と、口にするのを、何度となく聞いた。

「英語なんて。。。。」
「英語くらい。。。。」

言語的には、単なる一言語にすぎない英語について、このように述べることに、何の疑問も持たない。単なる学校の教科1つとして見なすに過ぎず「できるか」「できないか」という打算的な観点からしか英語というものを見ていない。

この無神経さが、結局は、自分自身で英語が「できない」方向に向かわせていることに気がつくことができないという愚かさ。

『英語が使える日本人』を育成せよ!

という「戦略」は、

「英語なんて」
「英語くらい」

に、つけ込むものだ。

つけ込まれないためには、打算的視点から離れ、母語も含めこの地球上には、多くの言語と、それに伴って生まれ育ってきた多くの文化があることにもっと目を向け、例えば、アイヌ語のように、その母語話者が15人しかいないこのことが、どういうことなのか想像力を働かせてみることから、まず、始めなければならない。


「英語が使える日本人」は育つのか?―小学校英語から大学英語までを検証する (岩波ブックレット)「英語が使える日本人」は育つのか?―小学校英語から大学英語までを検証する (岩波ブックレット)
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2009年02月16日

小泉文夫著『音楽の根源にあるもの』

前回のこの記事の"read more"にて、"予告”(?)した「別の記事」が今回のこの記事。

sitesakamoto What's New Japaneseの更新情報の『坂本龍一アーカイブSP』

の紹介文に、以下の文章を発見したので、
(以下引用)
NHK-FMの試験放送時代(1957〜1969年)から熱心に
聴いていたという“教授”特選の「世界の民俗音楽」
「現代音楽」等を、NHK-FMの番組について自身が紹介・解説。

(引用ここまで)

このBlogでも、紹介した方がいいと思われる本のことを思い出したからだ。
この「世界の民族音楽」を担当されていた、故小泉文夫先生の著作である。

その本は『音楽の根源にあるもの』

わたしは「世界の民俗音楽」が放送開始当時は、まだ、生まれておらず、放送終了年でさえ子供すぎて「民族音楽」がどういう音楽を指すのか、ということも知らなかった。

それでも、多分、「世界の民族音楽」の放送終了年か、その1〜2年後に、テレビの画面で、小泉文夫先生を見た記憶がある。そのテレビ番組は、深夜番組の”はしり”だった、「11PM」の大橋巨泉の司会の曜日で、多分、金曜日だったように思う。

わたしの両親は子供がテレビを見ることには厳しかったのに、この「11PM」の大橋巨泉の司会の曜日を見ていた記憶は鮮明で、さらに、見た回数も一度や二度ではないのが、なぜなのかについては不明。

とにかく、小泉文夫先生をテレビ上で見たのは、間違いなく、この深夜番組なのである。

大泉文夫先生は、民族音楽というジャンルをこの国に知らしめた研究者として知られるが、個人的には、民族楽器のイラストをご描いて書いて著作に掲載するセンスに共感する。

今なら、デジタルカメラで民族楽器を写真に撮り、WebやBlogにupすることは、簡単にできる。それでも、もし、今の時代に小泉先生が生きていらして、先生にとって未知の楽器と出会うことがあったら、絵を使われるのではないかなぁ。。。
と、勝手な想像をしてしまうほどだ。

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ラベル:坂本龍一 本
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2009年02月08日

子虎と『走れタカハシ』

今日2月8日放送分のTBS系の「がっちりマンデー」
http://www.tbs.co.jp/gacchiri/archive.html
という番組が、Steve Jobsの特集(?)だと知ったのは、10日くらい前だったが、そのときに録画予約。
さきほど、それを見た。
番組に関わった方々には、申し訳ないが、

面白くなかった。。。。。。
それだけではなく、iTunesに関しては説明が不正確*(追記参照)

なので、この部分は消去(重ね撮り)してしまおうと、巻き戻しているときに、彼女の顔が出て思い出した!
番組開始から予約録画しているNHK総合の「わたしの1冊 日本の100冊」
http://www.nhk.or.jp/book100/archive/index.html
の2月2日(月)放送分が、
室井祐月の一冊、 作村上龍著『走れタカハシ』だと。
http://www.nhk.or.jp/book100/archive/090202.html

大の小説偏食読み(村上龍の小説しか読まないという時期が相当長かったし、今も、それと大差がないかもしれない)特に、日本語で書かれている場合は、挫折することが多いので、室井祐月の小説も読んだことがない。
しかし、たまたま読んだ雑誌に彼女のエッセーが掲載されていて、それはいくつか読んだことがある。それから、去年だったと思うが、休の日に買い物に出かけたときに、たまたまウチの近所の電器店の店先にあるテレビに彼女が写っていて、確か

「わたし、寅年に子供を生んで、『子虎』って名前をつけたいんだけど、それを話すと、たいていのオトコはひく」

と言っていた。
この発言を聞いたときに、

『子虎』って名前を付けたくて、寅年に子供が産みたい、という感覚は、いいなぁ、素敵だなぁ。。。。

と、感じたので、そんなことを未だに覚えている、わたしも、わたしだ(^^ゞ

でも、この発言のお陰で、以前より、「室井祐月」という名前に対する反応が敏感になったことは確実だし、今回、室井祐月が、数ある村上龍の小説から『走れタカハシ』を選んだのも、この『子虎』発言をする人だからこそ!と納得。

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posted by yoshikoskz at 10:35| パリ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

12月18日遂に講談社から発刊!『ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ』

2007年5月19日付け記事ですでに告知していた、SUGIZOが製作に大きく関わった、『ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ』が12月18日講談社より遂に!発刊です。

1つ前の記事でも触れたが、六ヶ所再処理工場の本稼予定は近づいているのに、高レベル核廃棄物処理場の誘致先が決らず、国は、相当躍起になっている気配です。
『ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ』読みましょう。
読んだら、友人、知人にこの本のことを知らせて、読んでくれるように頼みましょう。
六ヶ所村の再処理工場のことは、この国のマスコミでは取り上げることがタブーになっているため、まだ、知らない人はたくさんいる。だから、六ヶ所村の再処理工場のことを、まだ、知らない人に、「こういうことが起こってるんだ」と教えることができるのは、既に、知っているわたしたちが伝える、という方法しかありません。

1つ前の記事中でも触れましたが、六ヶ所村の再処理工場本稼働を止めるには、本当に今が正念場だと強く感じている。
できるだけ多くの人がこの本を読むこを、心から願っています。
posted by yoshikoskz at 15:13| パリ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

今日からウチの子、でも、クリスマスまでには旅に出します。

satchcard.jpg

前回の日記で書いた予定通り、本日、Satchさんの「お子さんたち」のうち、二人が無事ウチの子たちになってくれました。店内に入って、一目ですぐ、この子たちを見つけられて、嬉しかった♪
この子たちに、

Christmasまでには旅に出るのよ、

と、話したところ、

どこに行けるのかなぁ。

と、どの子もちょっとワクワクしている様子。



わたしが着いたとき、書肆アクセスの店内は超満員。今週で閉店だなんて、未だに、全然実感がない。
posted by yoshikoskz at 22:30| パリ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

かわいい紙には旅をさせよう♪

11月6日付け日記のコメント欄に、ちょっとだけ書いたのですが、友人のSatchさんが、10年間にわたり、中南米マガジンに執筆しているコラム(の一部)とイラストが、『中南米マガジン×suzuky satch 画文コレクション』となって、神保町の書肆アクセスにて販売されています。

詳しい内容については、SatchさんのBlogの
11月6日付け記事
10月までごそごそやっていたことの一つ目。「中南米マガジン×Suzuky Satch画文コレクション」
http://plaza.rakuten.co.jp/satchumino/diary/200711060000/

11月8日付け記事
納品完了っす。
http://plaza.rakuten.co.jp/satchumino/diary/200711080000/

をご参照ください。

わたしは、何としても来週行って、Satchさんの「お子さんたち」に会ってから、ウチに連れて帰る予定にしていますが、HPをご覧下されば解るとおり、書肆アクセスは11月17日(土)で閉店になってしまうんです。

ひょんなこと(某掲示板でCubaへよく行かれるSatchさんに、blackbeans soupの作り方を教えていただいたのが最初だった)からSatchさんと知りあって以降、学生時代、何度か立ち寄ったことのある書肆アクセスは、『中南米マガジン』に会いに行くなら絶対ここじゃなきゃ、という書店になった。だから、閉店を知ったときは、しばし呆然としながら、閉店!そんなぁ。。。というBlog記事を書いたのだった。

閉店が迫っているだけれど、今は、Satchさんの「お子さんたち」もいる素敵な場所なので、行ける方は、ぜひ。
そして、Satchさんの「お子さんたち」を連れ帰り、それを、また、大切お友達のところへ旅立たせてあげましょう。
posted by yoshikoskz at 22:58| パリ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

閉店!そんなぁ。。。

お友だちのSatchさんのこの日記を読んで、しばし言葉を失ってしまった。
http://plaza.rakuten.co.jp/satchumino/diary/200710010000/

amazonやyahooや楽天といったネットストアで本や雑誌が買えるようになって久しい。わたしも、ネット経由で本を買うことはあるけれども。

本や雑誌の中には、ネット書店に出ているようなデータだけ見て買えるものと、書店へ行って、その「顔」を自分で確かめて買う本がある。
さらには、書店員さんの棚のつくり方を、見に行くだけでも楽しいという書店があるのに。。。。。
posted by yoshikoskz at 01:01| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

山口小夜子+高木由利子の『蒙古斑革命』

>このジャケット写真 以外のことはほとんど知らない

でも、月刊SOTOKOTOに連載されていた高木由利子(写真)+山口小夜子の蒙古斑革命は読んでいた。月刊SOTOKOTOでの連載最終回は、2007年7月号(5月5日発売)だった。

月刊SOTOKOTOは、LOHASな雑誌だから、LOHASは勿論、「健康」とか「身体にいい」「地球環境」などという単語満載で、使われている写真の多くも、明るい緑や光りに溢れている。そんな雑誌の中で、この蒙古斑革命は、タイトル部分の写真はモノクロ、題名の活字の感じも、(大正)レトロな雰囲気。だから、このページにやってくると、いい意味で「異次元空間」に入り込む感じがした。蒙古斑(を持つアジア人の幼児の名残)のイメージというよりは、他のページの地上にある緑や光りのイメージとの対比で、地下に住んでいる昆虫の幼虫の名残を、イメージしながら、この対談を読んでいたのだった。
posted by yoshikoskz at 14:15| パリ 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする